ある人が牛を見て「角のはえた馬だ」と言った。それに対しては「あれは馬ではなく牛ですよ」と指摘するのが普通だろう。逆に「角の生えている馬は初めて見ました!珍しいですね」と肯定する人はめったにいない。
人が人に苦しみをうち明け、少しでも心を軽くしたいと願う時、うち明ける相手に求めるものは「受容と肯定」である。だからカウンセリングの場合、どんな無謀な発言に対しても否定からは入らない。
お釈迦さまも、膨大な人々の悩みを受容された結果、その教えは多くの経典として残されていった。そして「すべての生命体は素晴らしい可能性を持っている」という究極の肯定は、法華経という形で伝えられ、そこにはお釈迦さまの命を狙った者の成仏さえ説かれている。
心理学の最先端を行くカウンセリングのノウハウは、すでにお釈迦さまから始まっていたのだ。
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