のほほん評判記 |
時々「小説は紹介しないのか」と質問されますが、小説は公正性に欠けるため取り上げません。しかし、ノンフィクションであっても書き手の主観という束縛からは逃れられないのですが。 著者は国文学者ですが、中世の宗教関連の学術書から気楽な読み物まで幅広い著書が多数あります。大学教授だけあって文体は硬質で引用資料の扱いは厳格を極めますが、テーマの選択や論理の展開に類書にはない飛翔があって、それが著者の魅力と言えるでしょう。 本書の冒頭では厳島(いつくしま)神社の弁才天(べんざいてん)の縁起として、その本地を提婆達多品(だいばだったほん)に登場する龍女とする説話が紹介されます。平氏によって納経された法華経の龍女信仰についての考察、江戸初期の『本化別頭高祖伝(ほんげべつづこうそでん)』を引いて、身延山の守護として七面天女の縁起が厳島神社に関連づけられる説話など、中世の民衆レベルの法華信仰の一端がうかがえて興味深い。それは霊験を前面に出した、守護の諸天善神の物語でもあります。 続いて吉祥天(きっしょうてん)・鬼子母神(きしもじん)・玉女(たまめ)・愛染明王(あいぜんみょうおう)など女神についての中世の仏教説話も詳細に分析されますが、やや辛辣(しんらつ)な語り口は、当時の知識階級によって規定されたジェンダーに対する著者の心情でもあるのでしょう。 |