開目の章 |第5回「法難は真実の証明」 by Taiko

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 日蓮聖人のご生涯は、法難・迫害の連続でした。ご草庵の焼き討ち、伊豆伊東への罪なき流罪。さらには眉間に刀傷を受けられ、龍の口での斬首の刑では一命をとりとめましたが「生きて帰れる者はない」といわれた佐渡ヶ島への流罪があります。

 ところで、法華経には「現世安穏 後生善処(げんぜあんのん ごしょうぜんしょ)」すなわち法華経を信仰する人は幸せな生活を送り、死後も善い所に生まれると説かれています。それにひきかえ日蓮聖人のご生涯は法難の連続。では、その信仰や法華経の文がいつわりだったのでしょうか?

 当時のお弟子やご信者にも、このことに疑問をいだき、大聖人の元を去っていく人が出てきました。しかし「現世安穏」とは、決して表面的な生活が穏やかだという意味ではありません。正しい信念があるからこそ、どんな困難にも左右されない安らかな境地にいるということです。

 また「法華経を信仰する人は難にあう」と説かれていますから、大聖人への法難や迫害は、かえって法華経が真実であることを裏づけ、信仰の正しさを証明することにもなるわけです。

「我日本の柱とならむ、我日本の眼目とならむ、我日本の大船とならむ等と誓ひし願破るべからず」

 日蓮聖人は我が身を惜しまず法華経に身を投じ、私たちに法華経信仰の姿をご提示くださいました。いかなる境遇の中でも大聖人を柱とし、大聖人の眼をもって是非を考え、大聖人の大船にすべてを任せることが私たちの当然の姿でしょう。

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