開目の章 |第30回「孝養の人」 by Taiko

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 東京都大田区に、大本山池上本門寺があります。もとは日蓮聖人のご信者である池上宗仲(むねなか)の屋敷で、大聖人滅後に開堂供養をし、本門寺と名付けたと伝えられています。

 さて、宗仲には宗長(むねなが)という弟がおり、共に日蓮聖人のご信者でした。ところが父の池上康光(やすみつ)は、当時を代表する律宗の僧侶で、日本第一の持戒の僧侶といわれた、極楽寺の良観房忍性(りょうかんぼうにんしょう)の熱烈な信者でした。

 末法思想を根底に置く大聖人の仏教観からすると、末法時代に戒を持つことが第一義とするのは、時代錯誤な考え方でした。もちろん「末法無戒」とはいっても無規範で良いということではなく、法華経の教えに命を懸けることが、即ち戒律を持(たも)つことであると主張されたのです。

 父の康光は良観に帰依(きえ)、息子の宗仲・宗長兄弟は日蓮聖人に帰依。ここに信仰上の対立が起こり、宗仲は二度にわたり勘当を受けます。

 身延にてしらせを聞いた大聖人は、兄弟に書状を送り「法華経信仰の完遂と父を法華経信仰に導くこと」を諭されました。これにより宗仲の勘当は解け、ついに康光も法華経信仰の道に入るのです。

 儒教で説く「孝養」を仏教的立場から解釈すれば、父母を成仏の道に導き入れることが孝養とされます。父を法華経信仰に導いた池上兄弟は、まさに孝養を尽くした人と言えるでしょう。日蓮聖人も彼らを「妙荘厳王本事品(みょうしょうごんのうほんじほん)に説く父王を導いた王子、淨蔵(じょうぞう)・淨眼(じょうげん)の如くでもある」と賞賛されています。

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