私の名は阿難(あなん)。今日もお釈迦さまの織りなす光と風の世界を旅している。今から約三千年前の、尊きお師匠さまと私が生きた時代から、さらに昔の話を思い出してみよう。
あるところに四人の修行者がいた。みな悟りを求めて静かな林の中で修行の日々を過ごし、町での托鉢(たくはつ)で施しを受け命をつないでいた。そして、一日も早く悟りを得たいと願う四人は、托鉢よりも修行を優先し、ついには百日に九回しか食事をとらないようになった。
そんな中、修行者の一人が提案をした。
「このままでは、四人とも悟りを開く前に飢えで死んでしまう。それでは修行の意味が無いので、私が毎日托鉢に出て、四人分の施しを受けてこよう。そうすればあとの三人は修行に専念し、早く悟りに至ることができる。その後で、今度は私一人が修行に専念してはどうだろう」
この申し出に三人の修行者も大いに喜び、最低限の食事をとりながら、ついに悟りを開くことができた。しかし残念なことに、托鉢に専念した修行者は、悟りを得る前に寿命が尽きてしまう。また彼は、托鉢の途中で王様の行列に出会い、ついその様をうらやましく思ってしまったのだ。
そして彼は、悟りこそ開けなかったものの、三人の修行者が悟りを開く手助けをした功徳によって、自分が憧れた国王の身分に何度も生まれ変わり続けた。しかし、自分の過去世については何も知らず、功徳を積むこともしなかったので、ついに今までの功徳が尽きる時がやってくる。その寿命をまっとうした後には、悪道が待ち受けていた。
その修行者が最後に国王となって生まれた時の名前が妙荘厳王(みょうしょうごんのう)、お妃の名前が淨徳(じょうとく)夫人。また二人の王子に恵まれ、その名を淨蔵(じょうぞう)・淨眼(じょうげん)といった。そして王は、死後に悪道が待ち受けているだけあって徳が薄く、仏法を信じずにバラモンの教えに深く帰依していた。
ある日のこと、二人の王子が母の淨徳夫人に「雲雷音宿王華智仏(うんらいおんしゅくおうけちぶつ)という仏さまが法華経をお説きになっておられます。一緒に聴聞に参りましょう」とお誘いした。すると淨徳夫人は「バラモンの教えに執着する王様も、ぜひお連れしなさい」とおっしゃった。そこで二人の王子は、父王の前で雲雷音宿王華智仏より授けられた大いなる神通力を現し、みごと父王を仏さまのもとへお連れして、仏の道へ導くことができた。
実はこの淨徳夫人と二人の王子こそ、妙荘厳王の過去世において共に修行を積み、先に悟りを開くことのできた三人の修行者だった。
(妙法蓮華経「妙荘厳王本事品第二十七」より/つづく)
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